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2007年7月12日(木) 朝日新聞にとても興味深い記事が載っていました。少し長いのですが引用します。
朝日新聞(asahi com)より
『ブラジルのアマゾンで近代文明との接触を絶っていたインディオ(先住民)の部族が突然姿を現した。
関係者によると「親類を捜しに来た」「開拓者とのトラブルで10人以上が殺された」などと話していたが、3日後には2曲の歌だけを残して姿を消したという。
メチキチレ族と呼ばれ、約7000人いるカイアポ族の一部族。50年代に文明との接触を選んだカイアポ族と別
れ、数家族で森に消えたとされる。
5月末、サンパウロ北西約1600キロのカイアポ族の村カポに現れた。
古語を話し、男性は枯れ草で下腹部を覆っただけ、女性は裸で頭頂部をそっていた。下唇に皿をはめ、顔や体に赤や黒の化粧をした人もいた。
国立インディオ基金(FUNAI)の現地責任者でカイアポ族のチュカハマエ氏によると、カポに現れたのは部族全体の5、6家族計87人。パラ州南部のインディオ保護区にいたが、ジャングルを5日間で100キロ移動して着いたらしい。
だが「洋服を着ている人とは暮らせない。殺されるかもしれないから」と言い残し3日後に旅立った。
写真撮影を拒み、どこへ行ったかは不明だ。 カポのカイアポ族はふだんTシャツやジーパン姿。顔や体の化粧は祭りの時だけで、下唇に皿を入れた人ももういない。
「ずっと一緒にいると思っていたのに……」。残された歌の一つはカイアポ族同士が近づく時の曲。もう1曲はチュカハマエ氏も聴いたことがなかった。収録されたのは、低く、うねるような歌声だった。カイアポ族地域のすべての村に無線で流された。
ブラジルに住むインディオは約40万人。多くが乱開発にさらされるアマゾンで暮らす。』
まるで神話のような出来事が新聞で伝わりました。
記事の中のカイアポ族は“カヤポ族”としての表記のほうが一般的なようですが、アマゾン支流のシングー川流域に位
置するシングー・インディオ国立公園(18万平方km・日本の国土の約半分)内に生活しています。この国立公園の一部を除いた地域が、1992年11月26日に永久インディオ保護区としてブラジル政府が承認しました。ここには2万人、18部族の先住民が暮らし、棲み分けているそうです。
カイアポ(カヤポ)族は50年前の外部との最初の接触時に、その接触官がキリスト教を持ち込まなかったことで、現在まで彼らの伝統文化が継承されてきたと言われています。
話題をさらった話としては、1989年、ロック歌手スティングがカヤポ族のリーダーのラオーニと共にワールドツアーを行ったことです。
しかし驚かされたのは、50年前に文明との接触を拒否した人々がいて、昔の同胞を訪ね、歌だけを残し通
過していったことです。この出来事の意味は様々な角度で話題をよぶことと思いますが、色々と考えさせられることがあります。もちろん、彼らの習俗や文化をほとんど知らないのですが、、、。
まず、医療・健康のことですが、文明と接触したカイアポ(カヤポ)族などのインディオの人々は各国の支援団体から医療などの援助を受けているそうです(もちろん、充分ではないと思いますが、)。外部からもたらされる病気に罹る確率が増え、とうぜんのように現代医療の恩恵を受けることになります。衛生、健康という考え方もあたりまえのように認識させられたはずです。
一方、メチキチレ族は大昔から変わらずに森からの恵みを薬としたり、心や体にもその恵みを受けているという考え方なのではないでしょうか。おそらくメチキチレ族には、健康という概念はないのかもしれません。
この50年間、同胞とも袂を分かち、行動範囲はますますせばまっていく環境の中、家族たちをあまり減らすこともなく生き抜いてきた知恵は、なにかを暗示しているような気がしてなりません。
また、国家の一員となることを選んだ人々と拒否した人々との差異は、どこにあるのでしょうか。カイアポ(カヤポ)族はまだ伝統的な暮らしを捨ててはいないのですが、FUNAIの保護を受け、ブラジルの国民としての義務を課せられているはずです。それに比べメチキチレ族は、保護もうけないかわりに国家の義務を負うこともなく、先祖以来のままに野生を選択し、アマゾンの熱帯林を庭として生き残ろうとしたのです。
アマゾンのインディオの人々、北米の先住民、アラスカやシベリアの人々、そして縄文人などの環太平洋に暮らしたモンゴロイドの考え方に、おそらく意図的に王や国を作りださなかったのではないかという、人類学者や民俗学者もいるのです。
歌だけを残していったメチキチレを見送ったカイアポ(カヤポ)の人々は、とても複雑な気持ちであったろうと思わずにはいられません。
出来ることなら、歌謡の原型(発生)と思われるようなメチキチレの歌を、一度は聴いてみたいと思います。
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