風カルチャークラブのパンフレットVol.16秋季/冬季号が完成しました。
大きな木に出会ったとき、その重ねてきた歳月には素直に畏敬の念を抱きます。
たくさんの木と出会っていくうちに自分の感性とぴたりと瞬間があります。
関東近郊の日帰りから日本各地の森歩きまで、人々が大切にしてきた木は案外、身近なところにあったりします。
北は釧路、阿寒、から南は屋久島、対馬まで。日本の自然を深くじっくりと味わう講座をご用意しています。海外のスケールの大きな自然や、異文化を知る旅も楽しいでしょう。好評の自転車シリーズもますます充実してきました。
さぁ、秋冬も様々な講座で好奇心を満たし、新しいことに挑戦してみませんか!
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この数年、巨樹・古木の講座を担当しているせいか、大きな木に凝っています。とくにクスの木が好きで、旅のついでにあちこちと訪ねてみました。クスの巨木に出会うと、とても奇妙な感覚がおそってきます。地中から無理やり体をくねらせて出現しているその姿は、生命のえたいの知れない力や苦しみや業までも、表わしている姿として感じてしまいます。そのクスたちの説明板には「伝承3000年以上」などと記されているものがあり、それが事実なら彼らは弥生以前のかなり異質な風景をも見ていたはずです。
わたしたちのおとずれる巨樹や古木の多くは神社やお寺にあります。とくに神社に多く残っており、訪ねる社は村の鎮守さまのような素朴なところです。小さな祠のうしろに、大きなわりにはひっそりと生えている古木もありました。それらの木々はどのように守られてきたのでしょうか。中世期に実在した、権力が介入できない空間に生えていたためなのか、また集落の人々の社寺への思いが樹木をも大切にしてきたためなのか、この列島はじつに物持ちのよい風土だと思わずにはおられません。
大きな木や巨樹の森は、境界としてのイメージが喚起されます。聖なる場所や外の世界との境・中間にあり、神が天降る物語として、また旅の僧が立てた杖が成長したという説話など、さまざまな想像をかきたててくれます。
私の知るかぎりの山間部でも、他人の山や土地の境として大きな木やめずらしい木を目印にしてきました。生き残った古木たちは不思議な運と縁をもつゆえに、大切にされてきたのでしょう。
しかし、私どもの先祖は想像以上に山林に手を加えてきました。タタラでは山をまるごと刈って鉄を吹き、燃料としてはもちろん、炭や塩を焼くためにも相当量
の樹木が消費されてきました。
宮本常一さんの著作によると、縄文期から食料や建築材として役立ってきたクリの天然林が、鉄道の普及の速度にしたがいまくら木と化し、ほとんど姿を消してしまったそうです。にもかかわらず、雨量
の多いこの列島では30年もすると樹勢が回復し、また歴史的にも植林が緻密に行われてきました。
そのような、永い時を経た厳しい変化にも耐え、生きてきた木の実生のころからの記憶を、わずかでも感じたいと出会うたびに妄想しています。
最後に、中沢新一さんと赤坂憲雄さんの対談の中の興味深い発言をご紹介しておきます。
中沢「どうしてあの風景(里山)が美しいかと言うと、人間が自分の定住的な原理を自然に押しつけなかったことだと思います。・・・自然の側の力を圧倒的に受入れているんですね。・・・(自然が)人間の世界にせまってくる力と、人間が自分の原理を自然に及ぼしていこうとする意志とが、境界面
上でぶつかっていますけれども、そこにひじょうに面白い光景が出てくるんですね。・・・自然のほうから(動物、水、植物)要求が来て、それに対して人間の側の要求があって、その要求と要求がぶつかり合って、そこでネゴシエーションが行われています。」・・・・・
赤坂「マタギの老人なんかがどこか挑発的に、『原生林なんてものはなんの役にも立たない。われわれが少しだけ侵して、傷つけて、いくらか殺した自然こそがもっとも豊かな自然なんだ』という言い方をする。・・・」・・・・・
中沢「・・・最近の人類学の研究だと、アマゾンのジャングルも、インディオの開いた二次林だっていう考え方が出ていますね。」
赤坂「ああそうですか。」
中沢「つまり手つかずのジャングルなんていうものは幻想で、あれはインディオのつくった庭だという考え方まで、出はじめています。・・・」
[網野善彦を継ぐ。−講談社−]より
“大きな木”−お暇があれば、ぜひ寄ってみてください。
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