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明日の風は
風もまた、火や水、土と同じく、私たちの身を優しく心地よく包み込んでくれるかと思えば、残忍な苦痛の中に翻弄してしまいます。また、留まることのない新鮮さとあわせて儚さもあります。
自然現象と片付けきれない何ごとか故に、象徴や比喩に多く使われるのでしょう。選挙の度に“我こそは「新しい風」”と使われ、椿三十郎や座頭市が砂埃を巻き上げる風の中に現われると凄みが増します。風の便りは噂も運べば季節も運んでくれます。
自然現象としての風は温められた空気が上昇し、そこに冷たい空気が流れ込む「対流」、つまり空気の移動を指し、地球の自転や地形などによって、さらに複雑な流れになります。
気象庁が風力階級表で名付けた風の和名は、開けた平らな地面から10mの高さで測った平均風速(空気が1秒間に移動する距離で表し、その時刻の前10分間を平均した値)によって、0.2mまでを静穏(階級0)、最近の風力発電の風車が回る1.6〜3.3mの軽風(階級2)、椿三十郎が現われる5.5〜7.9mの和風(階級4)、傘が吹き飛ばされる10.8〜13.8mの雄風(階級6)、立ち木も根こそぎになる24.5〜28.4mの暴風(階級10)、以後、28.5〜32.6mの烈風(階級11)、32.7m以上の颶風(ぐふう 階級12)と13階級に区分されています。
烈風の説明に“めったに起こらない”とあり、颶風はノーコメントになっています。考えるだけで恐ろしかったのでしょう。
風は息をしていて、平均とは別に「最大瞬間風速」が58.9mという記録がありますし、高度12,000m付近には風速100mを超える「ジェット気流」があり、ジャンボ機も向い風をまともに喰わないように飛びます。
風に命を賭ける生きものたちがいます。渡り鳥達です。
「上昇気流」に乗ってアネハヅルが8,000mのヒマラヤ山脈をネパールからインドに向けて越える映像を見たことがあります。数十羽の編隊を組み幾度もトライしては失敗し、ついに越えて行く姿は感動的でしたが、渡り鳥にとって風はいつも味方というわけではありません。体重の重いツルやワシ・タカは風を上手に利用しますが、小型の鳥は小さな翼を懸命に羽ばたいて自力で飛びます。日本や朝鮮半島、中国を中継地とするシギ・チドリ類は繁殖地のシベリア、アラスカから越冬地のオーストラリア、ニュージーランドまで、8,000〜10,000kmを渡ります。成鳥が渡った2週間から1ヵ月遅れで、信じられないことですが、その年に生まれた幼鳥だけのグループで目的地に渡って来ます。数千キロに及ぶ旅の途中で遭遇する悪天候や天敵やハンターのために多くの仲間を失いながら、やせ細って辿り着く中継地の湿地や干潟が埋め立てられていくのはやり切れません。
風や大気が地球を自由に移動するように、渡り鳥に国境はありません。保護や研究のためにほんの一部の鳥について、多国間のネットワークが動き始めたのは近年のことです。
朝鮮半島38度線の非武装地帯(巾4キロ、全長240キロ)は50年間、人の立ち入りが禁じられているため、渡り鳥や野生生物のサンクチュアリーになっているとか。これからの行方が国際政治にも左右される、危うい聖地です。
明日、どんな風が吹くのでしょうか。
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