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Vol.7
2003年
夏季



[写真]水野万里子
よみうり風景写真
コンテスト
入選作品



[写真]須藤兵七
よみうり風景写真
コンテスト
入賞作品

水の聖性

 山折哲雄さんが若かりし頃の思い出を語っているなかに、大要こんなくだりがあります。

ガンジス河に旅した時、聖地ベナレスでヒンドゥー教徒の人々が沐浴する水が、触れるのも気後れするほど汚い。 しかし、彼らはそれを聖なる水として故郷に持ち帰りすらする。一生に一度はベナレスに詣で、歩いて数日の距離なら天秤棒に担いで持ち帰り、お隣さんにお裾分けするほどだ。 その水ときたらガートで荼毘にふした遺灰を流し、動物の死体も流れている。歯磨きや洗濯もするし生活廃水も流れ込む。 河底はぬるぬるとヘドロの感触がある。これがなんで聖なる水なんだ。若き哲学者は日本で分析するため水を持ち帰った。だが結局、分析は行なわれなかった。 分析しなくても数値が示すであろう汚さは分かっている。一体、きれい汚いとはなんなのか。科学で証明できることではないという結論から、数十年経った今もその水は、ブリキの缶 に封をしたまま山折さんの書斎にあるそうです。
  ヒマラヤの万年雪が溶け出す麓に水源を発するガンジス河は、現在ではベナレスをはじめ大都市の廃水を浄化する施設が備えられるようになってきていることを申し添えます。

  ところで聖なる水は、生きものに恩恵ばかりを与えるわけではありません。
  “水と空気はタダ”とか“湯水のように”に喩えられてきた日本の水は、たしかに年間降水量 1700ミリと世界平均の倍近くあり、たった2ミリしかないペルーのリマと比べれば、まだまだ大丈夫と思いがちです。 でも人口一人当りでは世界平均の4分の1にも満たず、降水のうち利用できた比率を考えれば安心してもいられません。イラク問題の陰に霞んでしまいましたが、今年3月に第3回世界水フォーラムが京都などで開かれました。 地球環境の上でも世界のビジネスの面でも、「資源」として重視されてきたのは当然です。阪神大地震で被災者を真っ先に窮地に追い込んだのも水不足でした。

  こんなに身近に多量にあるものが、ある日突然、生き物を死に追いつめる。まさに水は神が司る聖なるものです。平穏な日常を決して約束してくれたわけではないようです。
  私たちは「畏れる」ことを忘れているのかもしれません。
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