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Vol.6
2003年
春季



[写真]猪 主計
千年桜(岡山県落合町別所)
よみうり
風景写真コンテスト
入賞作品



[写真]岡部修一
よみうり
風景写真コンテスト
入賞作品

木は地球上で最も大きく、最も長寿な生きものです。自然界において、人は木のために鳥やリスや蝶、ミミズほどにも役にたちませんが、目に見えるよりはるかに多くのものを木に見、感じ、想像し、映し、託し、祈っているようです。

“木は、ほんとうは何者なのでしょうか“

文字で表わされた世界中の小説・エッセー・民話・詩・評論などの、木について触れた部分をあげれば、途方もない数にのぼるでしょう。
では、手近な本棚から木について述べられた、著者の足場が少し違う2編をご紹介します。

ひのき(一部)
樹齢三百年ほど、とその人は推定する木だけれども、さながら兄弟木とでもいうような、より添ってそびえた二本立だった。一本はまっすぐ、一本はやや傾斜し、自然の絵というか、見惚れさせる風趣である。両木とも根張りが非常に逞ましく、土をはなれるあたりの幹の立ちあがりの強さといったら、みごとこの上ない。何百年のいのちを疑わせぬ 強さが現れている。もちろん幹はぐうんと円筒型のまま持ち上り、下枝はなく、檜特有の樹皮は谷のしめりを吸って、しっとり濡れている。なんのわけで、ピンからキリまでの話に、この木が指し示されたのかわからなかった。樹齢といい、樹勢といい、姿といい申分なく私には見えた。
 まっすぐなほうは申分ない、という。傾斜したほうは、有難くは頂けない、という。そういわれても、わからなかった。「だいたいこれだけの高さ、太さをもった木が、自分の重量 をささえて立つのに、真直に立つのと、かしいで立つのとは、どっちがらくか、考えればすぐわかる。かしいだものは、よけい苦労しなければ立ってはいられない。当然、身に、どこか、無理な努力が強いられているし、その無理は当然、本来すなおであるべき木の性質を、どこかで変形させている勘定になる。よくみて下さい。かしいだ木の樹皮には、ねじれがでています。目に見れば、ほんの僅かな、いわばカッコいいというほどの傾斜でしかないけれども、それがこの老樹を惜しいことに、傷にしています。もったいないがこの木は材にしても、上材はとれません。檜にもピンからキリもあるんです。」
 相隣って、ならび立ち、同時同所に生れ、育って、そして無事に何百年を生きながらえて、一方は恵まれてすくすくと優秀に、一方は難をうけて苦痛を堪え、しかも劣級にあまんじなければならない。種子の落ちたそもそもの場所が悪かったのか、その後に土地に微妙な変化でもあったのか、あるいは風か雪か。運不運は、両樹のあいだの畳一枚ほどの距離で、わかたれたことになる。言いがたい哀しさで、見ずにはいられぬ その木の太根であった。
 「このかしいだ木、兄でしょうか。弟と見ますか。兄弟にしろ、友だちにしろ、ある時期にはこの二本は、ライバルであったと考えられます。そして、なにかの理由で、片方は空間を譲る状態になって、今日に来ているのだと思います。まっすぐなほうを庇ってやったような形なのが、あわれじゃありませんか。二本立にはよくこういうのがありますよ。」
 その檜は、生涯の傾斜を背負って、はるかな高い梢に頂いた細葉の黒い繁みを、ゆるく風にゆらせていた。そのゆるい揺れでも、傾斜の躯幹のどこかには忍耐が要求され、バランスを崩すまいとつとめているのだろう。木はものいわずに生きている。かしいで生きていても、なにもいわない。
                          [幸田 文「木」(新潮文庫)]

法隆寺宮大工棟梁口伝(一部)
一、伽藍造営には四神相応の地を選べ
一、堂塔の建立には木を買わず山を買え
一、木は生育の方位のままに使え
一、堂塔の木組は木の癖組
一、木の癖組は工人等の心組
                          [西岡常一「木に学べ」(小学館)]

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