「音」に鋭敏なクラシックの作曲家たちが、鳥の音・川のせせらぎ・風や海・森の静けさなど、自然の音に刺激され、
あるいは自然の様子を心情に引きつけて楽譜を起こした名曲がある。 どんな楽器で表現したのか。どんなムードに表現したのか。
「自然の音」にちなむ名曲を選り出し、曲と作曲家のエピソードを交えながら、ひとしきりクラシックの音に耳を澄ませる。
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| ●添乗記 |
[2004-10-31開講] 報告者●土橋 |
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池袋で名曲喫茶ショパンを営む宮本英世氏を講師にお招きしました。冒頭の講師の
動機付けはこうでした。
「クラシックは空想・想像しながら聴く音楽と思います。どうぞ頭の中で10や20は空想をしながら聴いて下さい。
時代背景でも曲のテーマでも何でもいい。私はクラシックを聴きながら歴史や風景や人間の心理などいろいろと空想を飛ばしています。
リヒヤウト・シュトラウスという人は云っています。『音を使って描けないものは何もない』と。」
兎角、指揮者の好みや薀蓄に走りがちで部外者には取っ付きにくいクラシックですが、まずはその垣根を払って講座はスタートです。
講師が選んだ曲は9曲。一曲ごとに作曲家、時代背景、曲の形式、楽器などについて面白く分かりやすい話の前置きがあって、
それから曲の一部を数分ゆっくりと聴いては各自、空想・想像を走らせた次第です。いい時間でした。カタルシスがありました。
普段、空想したり物事をゆっくりと考えることを放棄しているなと幾分自省。
スメタナの有名な「交響詩モルダウ」も取り上げた一曲。この曲は2本の源流が小川となり本流となってプラハを抜け北海へ注ぐことをモチーフにした曲だそう。
「モチーフ自体は平凡で、誰でも考えそうなことですよね。」なるほどそうですが、いやいやしかし、本気で聴いてみると、
このモチーフにしてこのメロディーが生まれるというのはやはり天才としか思えない訳です。
「凄いな」と思える物を前にすると何だか幸せになりますよね。
あるいはレスピーギの交響詩「ローマ3部作」から「ジャニコロの松」。この曲を聴きながら空想したのは「夜」です。
今よりも夜の存在がずっと大きかったのでないか。人が寝静まり、やれやれとお月さんが呟くとそこから人間の計り知れない別の世界が始まる。
そうした夜の存在に作曲家は強く刺激されたのではないか。そう云えば私はお月さんをいつ見たっきりだろう。今という時代は夜を失ったのだなあ、など。
クラシックを身近に置いてみたくなりました。久々にクラシックのコンサートに足を運んでみようか。なんとも幸せな時間でした。
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