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釜石から氷づめのカツオが届く予定の時間が近づくと、細木茂彦さんの「わら焼カツオたたき」の加工場は、急患が運び込まれた手術室さながらの緊迫。青く輝いたカツオがザァッと投げ出されると、手馴れた職人たちが次々にさばく。10分後には、ラインからワラで表面
を焼かれた肌色のカツオが出てき、すぐさま氷で冷やされた。パックされ2〜3時間後にはこの加工場から出荷されていく。「なまもの」であることを実感する。
このカツオのたたき、臭みが全くない。香りも味も上品だ。表面をうっすらとワラで焼く加工の仕方は、細木さんの故郷・高知の昔からの加工方法だった。農業の機械化で入手が難しくなったワラだけど、細木さんはワラにこだわり続けている。
庭先に大ぶりの風知草がふさふさと茂る佐藤さんの「縄文干しの干物」の加工場では、炭の弱火の遠火で炙られている数種類の雑魚の干物が待っていた。「まずは食べてください」。小さな目光りの干物を一口。干物なのに肉汁がはじける。佐藤さんのこだわりは、天日干しではなく、3日間かける日陰干し。通
常の干物作りより、手間も時間もかかるが、確かに旨い。旨みが逃げていないのだ。だから、遠火の弱火でじっくりと焼く方がいいのだそう。佐藤さんの愛情で、雑魚は高級干物に昇華した。
昔は銚子と石巻の中間で「風待ち港」としてにぎわった常磐の港町。
昨今はいささか精彩を欠いたイメージを持っていたが、発想の転換と、こだわりと、バイタリティと、少々の負けん気を持った二人の姿は頼もしかった。
一転して隣の港町は小さな工業地帯に変わる。港町を多く訪れたこの夏、小規模でも漁が営まれ漁船が出入りする港町の両隣は、必ずといっていいほどこうした大規模開発の工業地帯の風景があった。「30年ほど前から底引漁や北洋の許可がたくさん出された。船のスピードもパワーも大きくなり漁獲量
は格段に増えた。水の汚染で海水がダメになり海草も育たず、魚が卵を埋めなくなった。確実に魚は減った。こうして港町から賑わいがなくなった。」江名港で話を聞かせてくれた元漁師で現在は民宿いさりびを営む松本茂さんは、ひところの漁業政策に手厳しい。その結果
は、漁獲高だけでなく、海岸線の風景も大きく変えたということだろう。
日本の海岸線は、日本の漁業はこれからどうなっていくのだろうか。考えることの多い一日でした。
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