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田口ランディさんの最近の著作『聖地巡礼』に、今回訪れた天河大弁財天が出てきます。
ランディさんが「非常に気持ちのよい所」であり「聖地」と称したことを知り、
私にもそうしたスピリチュアルな感じ方ができるものか、自分の霊力を試すような好奇心もかたがた、添乗して参りました。
天河大弁財天のある天川村一帯は南朝とのゆかりの深い所。いわゆる「吉野」に含まれる地区です。
「吉野」というのは奈良県の6割をも占めるそうで、その山深さを頼んでかつては、中央で何かあると「それっ!」と逃げる先が吉野であった訳です。
ですから歴史・伝承は数限りなく、講師の樋口昌徳さんも「ここでは迂闊なことは云われへんのです。
Aさんが歴史考証をするとBさんが必ず反証し、そんなこんなが山ほどあります。」と笑っておられました。
天川村のすぐ下に丹生川上神社があります。水の神様を祀る日本で最古の神社と伝わります。
戦後、道路が拡張されるまでは社殿のすぐ下を丹生川が流れていました。
そして、本殿を祀る小さな山からは、飛鳥の地を見渡すことができるそうです。久保田
展弘氏の著作『日本多神教の風土』(手頃な新書サイズで読み易く、分かり易く、ダ
イナミックで面白い本です)に大要以下の下りがあります。集落ができ水田を開かれ
ると、水の源である山々が水を司る地とされ、水分の神が居るとされました。それが
次第に罪や穢れを浄化する所となり、山で修業した者は験力を持つとされたと書かれ
ています。飛鳥と吉野にその関係を見る思いがして、興味深い。
さて、天河弁財天です。ここは隅々まで掃き浄められ、打ち水され、境内の木々も丹
精され、社殿もきれいに掃かれ、確かに爽やかです。「今、生きている。水々しい。
若々しい。」という感じがします。この天河弁財天は、大峰修験で知られる山上の大
峰神社の口宮として古い歴史を持つ訳ですが、その歴史に寄りかかるだけではない
現在の宮司さんの努力を感じます。人間の精神の水々しさをふっと感じるのです。
前日は洞川(どろがわ)温泉界隈を歩きました。標高800mで関西の軽井沢と呼ばれる
そうで、涼しい。すぐ先に大峰修験の登山口を抱え、精進潔斎する修験者の宿地です。
ここから双眼鏡で覗くと、近くの尾根に修験の様子を見ることができます。
この洞川の人々は大峰山を開いた役行者に供した前鬼・後鬼の、後鬼の末裔であると
云われるそうです。後鬼が役行者のあとを継ぎ、この地で修験の人々を先達したと伝
わります。この洞川温泉の風情を作りだしている最大の特徴は「開放的」ということ
です。道端に面した玄関も、縁側から広間まで、全て開け放たれ、宿の1階は公共ス
ペースのようなものです。一帯はカルスト地形。洞川温泉の横を清冽な川が流れてい
て、日本百名水の一つ「ゴロゴロ水」を含む湧水の湧く一帯です。風情あり、しかし
商業的な観光の匂いがなく、お勧めの温泉地です。
今年はなぜか紀伊半島に縁がある私です。4月に「吉野の桜と妹山」、5月は「熊野
古道を歩く」「大台ヶ原の原生林」と歩いてきました。段々と物事が繋がってきて、
行けば行くほど、吉野・熊野は奥深い。そして面白い。歴史のある地というのは想像
力を掻き立ててくれます。
講師を務めて下さった樋口昌徳氏は市井の歴史研究家です。『吉野路』という季刊の
小冊子を24年間出し続けています。吉野の歴史考証や文学、雑誌記事などを集め掲載
しています。ご関心のある方は弊社までご連絡下さい。小冊子は無料だそうです。
最後に。天河大弁財天でお祓いを受けた折、この開講記を最後まで読んで下さった方々
の分も「お祓い下さい」と心密かに念じておりました。 ということも申し添えておきます。。
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