昨年の十一月に続き、二回目の「島唄」の講座。相変わらずの雨模様で、お日さまにはなかなかお目にかかれない。多雨の奄美とは聞いていたが、前回を含め、日が射したのはわずか数時間だけであった。そのようなうっとうしい空模様の中でも、心にしみいる島唄を坪山先生は聞かせてくれる。奄美の島唄は大和と琉球の狭間に位置する独特の節回しと、メロディが私たちに遠い旅をさせてくれる不思議な唄なのだ。あの独特の裏声(うらぐい)の発声法は、通常の調弦のイチオクターブ高い”レ”の音からひっくり返る、と聞いたのだがはたしてあっているかどうかは自信がない。けっして昼から呑んでいるわけではないのだが、奄美にいるといつも黒糖焼酎の心地良い酩酊状態が続き、夢の中にいるのではないかと錯覚させられる。
さて、加計呂麻を迴り島尾さんの文学碑を訪ね、古きわが民族の愚かしさを実感させられ、唄袋の宇検村に渡る。圧巻はカンツメの碑での野外ライブ。坪山先生もここで謡う(カンツメ節)のは初めてとのことで、南日本新聞(鹿児島)の記者が碑のところで数時間も待ち、必死に写真を撮影していた。カンツメというヤンチュ(一種の奴隷)階級の娘さんの悲しい実話の唄を、この碑の前で謡うのはタブーとされてきたそうだ(過去に謡った唄者もいるとのこと)。坪山先生は動じる様子もなく、供養のためと三味線を弾き始める。心なしか相方の唄者、皆吉さんの声がふるえている。碑を離れバスに乗車する際、運転手さんが塩をかけてくれ、焼酎でお清め。
晴れていれば東シナ海の夕日が楽しめるのだが、曇天の荒々しい海を眺めるだけで名瀬に戻る。夜の郷土料理の店では、最後に他のお客さんも混じって、軽快な六調子でしめくくる。東京に戻っても耳の奥には、あのもの悲しい島唄と三味線の音が残っていて、四五日は頭の中がふやけているような気がするのは、私だけなのだろうか。 |